60年代から70年代にかけて<A&M>や<Liberty>を始めとするレーベルのアレンジャーとして数多くのポップ・アルバムに携わったニック・デカロ。日本では山下達郎との関わりなどもあり、ソロ・デビュー作『Italian Graffiti』(1974)はアメリカ本国よりも売れ、「AORの原点」などとも称される作品になった。その『Italian Graffiti』からの一曲。
ブロードウェイ・ミュージカルのために1924年に作曲された「Tea for Two(二人でお茶を)」は、「家族を作ろう/男の子を君に、女の子を僕に/僕らがどんなに幸せになるかわかるかい?」という歌詞で締めくくられる、結婚生活を夢見る男女のデュエット曲だが、デカロはそれを一人で歌っている。特筆すべきは後半部。自分の声を何度も何度も重ねて録音することによって作られた絢爛たるハーモニーは、もはや若い男女の明るい希望を通り越して孤独な独身男の妄想の域に足を踏み入れてしまったかのような、狂気すら感じさせるほどの美しさを湛えている。
理想は理想として留まり続けるときに最も強く光り輝く。自分の結婚式で使う曲はこれとカーペンターズの「We’ve Only Just Begun」で決まりだな、と私が密かに考えたのはもうふた昔ほど前、確か大学生の頃だったはずだ。実際に使うことはあったか? そこは推して知るべしである。