『UNDERTALE』のサウンドトラックについて真面目に考える–––【後編】記憶の戦場に差す光

この記事はゲームの核心についての記述を含みます。

これは前編・中編・後編からなる記事の後編です。前編はこちら中編はこちら

Nルートのエンディングで失われているもの

『UNDERTALE』のトゥルー・エンドと言える真の平和主義者ルート(Pルート)に至るためには、プレイヤーはまず中立ルート(Nルート)を一度クリアしなくてはならない。Nルートでゲーム前半のボスであるアンダイン、後半のボスであるメタトンとのバトルを––––平和裏にまたは暴力的に––––終え、ニューホームのアズゴアの家にたどり着いたときに流れるのは、粒ぞろいのサウンドトラックの中でもひときわ美しい「Undertale」だ。

Undertale

【思い出モチーフ 0:00~、3:27~】

【懐かしさモチーフ1 0:38~、3:27~、5:20~】

【懐かしさモチーフ2 2:50~】

ゲームタイトルを冠したこの曲は、『UNDERTALE』というゲームのコンセプトを音によって表現したものと考えることができるだろう。曲はまずアコースティック・ギターによる思い出モチーフで始まる。ピックが弦に当たる音とわずかに外れたチューニングが聴き取れるだろうか、全編にわたってSoundFont(さまざまな音色のサンプルデータを集めたファイルフォーマット)が用いられている『UNDERTALE』のサウンドトラックの中で、ここは唯一本物の楽器によって録音されているパートである(ギタリストのステファニー・マッキンタイアによる演奏)。さらにこのハンドメイドの思い出モチーフにピアノによる懐かしさモチーフが重なることで、『UNDERTALE』が思い出の懐かしさ、つまり記憶が人の心に与える影響力にまつわるゲームであることが示唆される。

少しずつ加わっていくオーケストラ楽器によって眺望が大きく開けた終盤、それまで懐かしさモチーフを控えめに支えてきた思い出モチーフがほんの束の間(4:43~5:19)前面に現れ、懐かしさモチーフを奏でてきたピアノが伴奏に回る様子は、思い出が懐かしさを超え、美しい幻として一瞬だけ現実に蘇るかのようだ––––これは何も私がロマンティックに解釈しているわけではない。この部分と同じことが、これからゲームの中で実際に起こることになる。

しかし少なくともこの段階においては主人公がこの曲のように優しく希望に満ちた気持ちになる理由はない。王室の研究者であるアルフィーから「バリアを抜けて地上に出るにはアズゴアを殺さなくてはならない」と聞かされたばかりであり、そのアズゴアもまた主人公を殺してバリアを破壊し、モンスターたちを解放しようとしているところだからだ。YouTubeでゲーム音楽の解説をしているGame Score Fanfareの動画によれば、この曲が明るいのは、それが主人公やプレイヤーの感情ではなく、モンスターたちの感情を代弁しているからだという。この曲が流れているあいだ、主人公と遭遇するモンスターたちは地底世界の歴史と、まもなくそこから自分たちを解放してくれるアズゴアに寄せる期待について声を揃えて語る。それはまさに「under(地下)」の「tale(物語)」だ。モンスターのために流れるこの曲を聴くことで、プレイヤーはモンスターたちの感情を直接的に理解することになる。

モンスターたちは希望を語る

そして主人公はアズゴアと対面する。アズゴアは主人公の「戦いたくない」という言葉に応じないため、プレイヤーには攻撃の選択肢しか残されていない。瀕死の状態まで追い込まれると、アズゴアは正気に返り、本当は誰も傷つけたくなかったこと、アズリエルと「最初の人間」の死に接して絶望していたモンスターたちに希望を与えたかっただけであることを告白し、主人公に自分を殺してタマシイを取り込み、バリアを抜けて地上の世界に戻るよう促す。プレイヤーはここで彼を許すことも殺すこともできるが、たとえ許したとしてもこのタイミングを虎視眈々と狙っていたフラウィが突然現れ、アズゴアにとどめを刺してしまう。

アズゴアが管理していた6つの人間のタマシイ(過去に地底で死んだ子どもたちのタマシイ)を吸収したフラウィはタイムラインを操る力を取り戻し、おぞましい姿に変身してセーブとロードを繰り返しながら何度も主人公を痛めつける。このとき「Your Best Friend」のダークサイドとも言える「Your Best Nightmare(最高の悪夢)」が流れ、彼が内に募らせていた攻撃性を露わにする。

戦いが佳境に入ると、フラウィに取り込まれた6つのタマシイが反旗を翻して主人公の側につく。フラウィの防御力はゼロになり、それまで通用しなかった主人公の攻撃が十分なダメージを与えられるようになる。それとともにサウンドトラックは「Finale(フィナーレ)」に切り替わる。

Finale

【フラウィモチーフ 0:00~、1:00~】

【思い出モチーフ 0:40~】

冒頭からのフラウィモチーフが40秒経っていったん終わると、不思議なことに思い出モチーフが小さな音で鳴り始めるが、それはじきに消え、フラウィモチーフが勢いを増して戻ってくる。内面に抱え込んだ6つの人間のタマシイの作用のためなのか、フラウィが何かを思い出しかけるが、それを抑えつけるように元の無感覚な心がいっそう頑なになって戻ってくる様子が音楽によってわかりやすく示されている。

最終的に6つのタマシイが団結してフラウィを倒し、主人公がフラウィを逃がすか殺すかすると、それまでの行動に応じた一連のエンディング・シーケンスが始まる。どのエンディングにも共通しているのは、おそらく主人公は1人でバリアを抜けて地上に戻っているということだ。

An Ending

【喪失感モチーフ 0:06~】

【喪失モチーフ 1:01~】

まず聞こえてくるのは、いくらかスピードは落とされているものの、ほとんどそのまま「Ruins」の喪失感モチーフだ。フラウィを打ち負かし、ゲームをクリアしたにもかかわらず、プレイヤーは冒険の始まりに引き戻されてしまったような感覚を持つだろう。始まりに戻っているだけならまだいい。今ではアズゴアは死んでしまっていて、地底から脱出するというモンスターたちの希望は打ち砕かれている。この取り返しのつかない事実に呼応するように、1分を過ぎたころ、喪失感モチーフは一部の音符が変更され、異なるコードに乗せられ(F#m7|B → DM7|E|F#m|E)、伸び縮みするような複雑な譜割りを放棄して、よりはっきりとした悲しみを湛えたメロディーに発展する。喪失感モチーフが大切なものを失ってしまったことの遠い残響を表していたとすれば、この新しいメロディーはいくつかの物事が今まさに失われてしまったこと、何かを致命的に間違えてしまったという切迫感を伝えているかのようだ。『UNDERTALE』のライトモチーフについて英語で書かれたものの中では最も詳細でわかりやすいジェイソン・ユーという作曲家の分析では、このモチーフに「後悔のテーマ(regret theme)」という名前が与えられているが、ここでは喪失モチーフと呼ぶことにする。

「Ruins」の喪失感モチーフ(上)と「An Ending」の喪失モチーフ(下)。ジェイソン・ユーのサイトから。

結局のところ、Nルートの対アズゴア戦、対フラウィ戦では、主人公は力に対してより強い力で応じているにすぎない。無辜の者への暴力というわけではなく反撃という形を取ってはいるものの、主人公およびプレイヤーはやはり暴力の連鎖に取り込まれてしまっている。戦争を終わらせるための戦争など存在しないことを証明するように、たとえ完全に殺したとしても、一度セーブポイントに戻ってやり直せばフラウィは(初回より出てくるタイミングは遅れるものの)ふたたび現れてしまう。この曲はその題名の通り、現在の結末が「しかるべきエンディング(The Ending)」ではなくあくまでも「ひとつのエンディング(An Ending)」であり、他にもっと望ましい終わり方があるはずだという感覚をプレイヤーにもたらす。

音楽的体験としてのPルート

Pルートの場合、アズゴアと出会ってもバトルは始まらない。トリエルが現れてアズゴアの計画を阻止するからだ。そのときに流れる「Fallen Down (Reprise)」から最終決戦後の「His Theme」に至るまでの5曲は、『UNDERTALE』サウンドトラックの中核をなす楽曲群として、組曲のような一続きの流れを作っている。時間と労力を惜しまずにモンスターたちの気持ちを想像しながら主人公の行動を選択してきたプレイヤーは、いわば音楽によって報われることになる。

Fallen Down (Reprise)

【懐かしさモチーフ1 1:18~】

【懐かしさモチーフ2 1:45~】

【懐かしさモチーフ3 2:11~】

最初の曲「Fallen Down (Reprise)」は、ゲームの序盤で主人公とトリエルが初めて出会ったときに流れる「Fallen Down(おちてきた子)」のリプリーズ(反復奏)。オリジナルの「Fallen Down」と違っているのは、シンプルなコード進行が50秒過ぎから揺さぶりをかけられてにわかにドラマ性を帯び、そのまま懐かしさモチーフに接続するところだ。「やるかやられるか」の価値観をすり込んでくるフラウィとは対照的に、バトル中はモンスターと仲良くおしゃべりするようにと出会った当初から主人公に教え諭してきたトリエルに加え、ここでは主人公がこれまで友情を結んできた主要モンスターたち––––サンズ、パピルス、アンダイン、アルフィー––––もアズゴアとの戦いを止めるために集まってくる。Nルートでは生死を分けることになった場面で思いがけず訪れる安堵。懐かしさモチーフ以上にふさわしいメロディーはないだろう。

しかしこれを好機と見たフラウィがまたしても現れ、Nルートの場合と同じように6つの人間のタマシイを取り込んだうえ、伸ばした蔓でモンスターたちをがんじがらめにしてしまう。主人公はフラウィからの一方的な攻撃によって死にかけるが、間一髪のところでトリエルたちの魔法の力で助けられる。トリエルたちは1人ずつ主人公に対してエールを送り、さらには主人公が旅の途中さまざまな仕方で関わってきた地底の全モンスターが駆けつける。それに合わせて流れる応援歌のような役目を持った曲が「Don’t Give Up(あきらめないで)」だ。

Don’t Give Up

【喪失モチーフ 0:00~】

驚くべきことに、この曲は喪失モチーフでできている。しかしこのモチーフが初めて現れたNルートの「An Ending」と聴き比べれてみればわかるように、「Don’t Give Up」では新たに歯切れのよいリズムを刻む弦楽器と打楽器が加わっていて、この悲しいメロディーに運命に逆らって歩みを進める覚悟のようなものを与えている。モンスターたちからの心強い後押し、つまり懐かしさモチーフを含んだ「Fallen Down (Reprise)」を経由することで、喪失モチーフは新たな意味––––喪失と向き合うことを恐れない「ケツイ」––––を獲得したのだ。さらに喪失モチーフが「Ruins」の喪失感モチーフに遡ることを考えれば、「Don’t Give Up」はフラウィとの戦いを諦めないこと以上に、かつて遺跡で生まれ、やがて失われた大切なものを諦めないことについての曲であると言えるかもしれない。アズリエルと「最初の人間」の友情、それに伴って生まれた地底の希望と似たものがここでまた現実になろうとしていて、それらがふたたび失われてしまうかどうかの瀬戸際にあるのだ。

だがフラウィはこの窮地さえも利用し、主要モンスターたちのタマシイを含め、駆けつけたモンスターたちのタマシイをすべて体内に吸収してしまう。ゲーム前半のウォーターフェルの洞窟には「全モンスターのタマシイを集結してようやく1人のニンゲンのタマシイに匹敵する」というタマシイの換算表とでも言うべき古文書が残されているが、すでに6つの人間のタマシイを吸収していたフラウィはここで全モンスターのタマシイを吸収することによって、合計7つ分の人間のタマシイを吸収したことになる。バリアを破壊することのできる、神にも等しい力を手に入れたフラウィは、生きていた頃のアズリエルの姿に戻る。「ハロー! 〇〇〇、きこえてる?」(〇〇〇にはプレイヤーがゲームの最初に入力した名前、つまり「最初の人間」の名前が入る)と主人公に向かって言うアズリエルは、どういうわけか主人公のことを「最初の人間」だと思い込んでいるが、親友だった「最初の人間」との再会を喜ぶわけでもなく、すぐさま凶暴な青年の姿に変身して戦闘に入る。

Hopes And Dreams

【懐かしさモチーフ1 0:00~】

【懐かしさモチーフ3 0:45~、1:52~】

【フラウィモチーフ 1:19~】

【共生モチーフ 2:15~】

「Don’t Give Up」のストリングスの音色を引き継ぐような静謐な懐かしさモチーフで始まるアズリエルとのバトル曲「Hopes And Dreams(夢と希望)」とそれに続く「SAVE The World」で、『UNDERTALE』は物語的な、そして音楽的なクライマックスを迎える。バトル中、主人公はたとえ攻撃してもアズリエルに一切ダメージを与えることはできないが、「こうどう」のコマンドから「ゆめ」と「きぼう」を抱くことができるようになっていて、これらを使ってそれぞれ防御力を上げ、体力を回復しながらアズリエルの攻撃を凌いでいく。モンスターとの友情に支えられた主人公の「あい きぼう おもいやり」とアズリエルの「力」の激しいせめぎ合いを表すように、前半では懐かしさモチーフ、中盤ではフラウィモチーフが、ハードロック風のきつい歪みをかけられたギター・バッキングに乗って主導権を取り、それからもう一度懐かしさモチーフが盛り返す。

そのどちらが覇権を握るのかというところで最後に流れるのは、しかし「Snowdin Town」の共生モチーフだ。「Hopes And Dreams」の段階では主人公とアズリエルの対決は(一方的な内容ではあれ)まだ戦いの域を出ないが、共生モチーフはそれが異分子を排除して一方の主張を通すための殺し合いではなく、心に傷を抱えた者が自分のことを理解し尊重してもらうためにどうしても避けられない感情の奔出のようなものであることを一足早くほのめかしている。

攻撃を耐え続ける主人公(固いケツイを抱いた主人公はHPがゼロになってもその場で復活する)にしびれを切らしたアズリエルはさらに変身し、翼の生えた「最終形態」になる。圧倒的な力を前に、主人公に残された選択肢は「もがく」ことだけになってしまう。手も足も出ない主人公はゲームをいったんセーブしようとしてみるが、その能力もやはり失われている。だがそのとき、ゲームをセーブする(地底のタイムラインを操る)という大それた行為は難しくても、今の自分でもセーブできる、もっとささやかなものが他にあるのではないかということにふと気づく。するとそれまで「こうどう」のコマンドがあった場所に、「ふっかつ(英語版ではSAVE)」のコマンドが現れる。

SAVE The World

【懐かしさモチーフ1 0:00~、0:10~、(0:21~)、(0:32~)

【フラウィモチーフ 0:05~、0:16~、0:27~、0:37~、1:36~】

【懐かしさモチーフ3 0:42~】

※カッコ内は懐かしさモチーフ1の変奏

それとともに始まる「SAVE The World」では、主人公とアズリエルの応酬はさらに目まぐるしくなり、懐かしさモチーフフラウィモチーフは一進一退、小刻みに入れ替わる。プレイヤーが「ふっかつ」のコマンドを選ぶと、アズリエルの中に取り込まれてしまったアンダイン、アルフィー、パピルス、サンズ、トリエル、アズゴアの名前が表示され、その中から1人ずつ選べるようになっている。たとえゲームをセーブできなくても、主人公はその中で生きる仲間たち一人一人を救うことができるのだ(英語の「save」には「データを保存すること」と「誰かを救うこと」の両方の意味がある)。

主人公はアズリエルの中で混然一体となっている仲間たちの「まよえるタマシイ」に順番に呼びかけ、互いと親しくなったときのことを1つずつ思い出させていく。前後不覚の状態にある彼らは初めのうち主人公を攻撃するが、やがて記憶が溢れ出すように蘇り、アズリエルの中からふたたび主人公のことを応援するようになる。全員が記憶を取り戻した後、アズリエルの中にもう1人救うべき相手が残っていることを主人公が感じるとき、「SAVE The World」は終わる。途中から消えていたフラウィモチーフは、曲の最後、別れを告げるように小さな音で2度繰り返される。

最後に救うべき相手が誰なのかに気づいた主人公は、その相手に向かって手を差し伸べ、名前を呼ぶ。「最初の人間」(だとアズリエルが思い込んでいる主人公)から名前を呼ばれたアズリエルは、「最初の人間」との出会いから友情を育むまでの幸福な記憶を思い出す。それとともに聴き覚えのある音楽が流れる。

His Theme

【思い出モチーフ 0:00~】

こうしてフラウィモチーフ思い出モチーフに完全に置き換わり、「His Theme(彼のテーマ)」という新しい曲になる。「His」とはもちろんアズリエルのことだ。この曲とフラウィのテーマ「Your Best Friend」を聴き比べれば、『UNDERTALE』がどのような地点からスタートし、どのような地点に辿り着いたのかがはっきりとわかるはずだ。「His Theme」は「Your Best Friend」のようなあっけらかんとした明るさを失い、どうしようもない孤独と寂しさの渦中にある。しかし同時にそのすべてから目を背けることのない真摯さと勇敢さ(やはり「Don’t Give Up」から引き継がれた弦楽器と打楽器によって表現されている)を持っている。傷を負いながらも、その傷が持つ意味を––––その痛みがどのようにして生まれ、自分のところまでやってきたのかを––––最後まで理解したいと願うキャラクター、それがアズリエルなのだ。今の彼は自分の悲しみを暴力によってではなく、言葉にして表現することができるようになっている。

〇〇〇… ボクが どうして こんなことを するか わかる…?

ボクが どうして キミと たたかって キミを ここに ひきとめるのか…

それはね… キミは とくべつだから だよ… 〇〇〇

ボクのことを わかって くれるのは キミだけだ…

いっしょに あそんで たのしいのは… もう…

キミしか いない…

ううん… ちがうな それだけじゃない…

ボクが こんなことを するのは… 〇〇〇

キミが だいじだからだ!

きみのことが ほかの だれより たいせつだからだ!

『UNDERTALE』最後の戦いはこうして終わり、アズリエルはふたたび子どもの姿に戻る。

原曲版の「Memory」がふたたび流れる中、アズリエルは主人公が「最初の人間」ではないことはわかっていたと話し、主人公に名前を尋ねる。ここで主人公の名前が「フリスク」であることが判明する。

フリスク…

こんな きもちに なったのは ほんとうに ひさしぶりだよ。

はなの すがたで いたとき ボクには たましいが なかった。

だから だれかを あいする ちからも なくしちゃってたんだ。

でもね こうして みんなのタマシイが からだに はいって…

ボクは じぶんの こころを とりもどしたよ。

しかも… ほかの モンスターたちの きもちまで かんじることが できる。

みんな おたがいのことを とても だいじに おもってるんだね。

そして… キミのことも たいせつに おもってる って わかったよ。(太字筆者)

記憶を取り戻したモンスターたちのタマシイを体内に抱え込んでいるアズリエルは、彼らが互いに寄せる思いやりを感じられるようになっている。想像力を働かせた結果としてではなく直接的に、アズリエルは他者の気持ちを感じ、誰かを思いやるということがどういうことなのかを思い出している。「他人のタマシイが自分の中に入る」という現象が現実世界では(イタコやユタなどを除いて)起こり得ない以上、この出来事をプレイヤーが実感を伴って理解するのは難しい。そのため『UNDERTALE』は肝心なところで物語としての説得力を欠いているようにも思える。

しかしそうだろうか? 誰かのタマシイが自分の中に入るという状況を、すでにプレイヤーは体験しているのではないだろうか。そう、それはまさに『UNDERTALE』がこれまで音楽を使って行ってきたことだ。地底の全モンスターのために奏でられるタイトル曲「Undertale」だけではない。個々のモンスターのために用意されたあらゆるテーマ曲、さらには上述の「Fallen Down (Reprise)」から「His Theme」までの5曲を耳にすることで、プレイヤーはモンスターたちの感情を直接心の中に感じてきた。アズリエルに先んじて、プレイヤーは少しずつ感じる心を取り戻してきたのだ。

しかし実際問題として、感じる心を取り戻せるほどに生き生きとした感情をプレイヤーが自身の内面に感じるためには、単にサウンドトラックがモンスターたちの感情を描いているというだけでは済まないだろう。そのためには何か特別なことが––––アズリエルがずっと忘れていた幸福な記憶を突然ありありと思い出したのと同じくらい特別なことが––––必要になるはずだ。ライトモチーフが重要な役割を演じるのは、まさにこの点においてである。サウンドトラックの中でなぜ同じモチーフを繰り返し使用するのかというオンライン番組The Scar and Toph Showでの質問に対して、トビー・フォックスは2015年にこのように答えている。

そうするのにはいくつかの理由がある。1つ目の理由は、ある文脈でメロディーを流して、また別の文脈で流せば、最初のときのメロディーを憶えているよね。だからより多くの文脈で使えば使うほど、メロディーはより多くの意味を獲得していく。そして人はそれにどんどん愛着を持つ。変な話、メロディー自体のキャラクターが形成されてくるんだ。ある曲を聴けば聴くほど、人は一種のノスタルジーを、その曲の記憶を、持つようになる。人と曲との関係が育ってくる。それは1つ、大きな理由だね。2番目の理由は、テーマを再利用したほうが楽だということだ(笑)

前のテーマの変奏を使えば、その曲が最初に使われたときの感情をすべて掬い上げて、そこにさらに感情を付け足していくことになるんだ。

この発言は、前編で引用した書籍『音楽好きな脳』の中でダニエル・J・レヴィティンが音楽と記憶の関係について脳科学の見地から述べていることと不思議なほど響き合っている。

記憶は音楽を聴くという経験に、あまりにも深遠な影響を与えるため、記憶がなければ音楽はないと言っても過言ではない……音楽の土台は繰り返しだ。音楽は私たちが聞いたばかりの音を記憶に蓄え、それを耳から入ってきている音と関連づけることで、成り立っている。そうした音の集まり(フレーズ)が、変奏や移調という変化を伴って後からもう一度聞こえてくれば、記憶システムが喜ぶと同時に感情センターが刺激される。

p.213

人には聴き覚えのある音を聴くときにポジティブな感情を持つ性質があるらしい。その性質を活かすために最も効果的な仕掛けと言えるライトモチーフを用いることで、トビー・フォックスはプレイヤーの中に特定のメロディーに対する強い愛着とノスタルジーを育て、忘れられた「あい きぼう おもいやり」の記憶をアズリエルがもう一度見出していく過程をプレイヤーにも同時並行的に体験させている。つまり、主人公がアズリエルに「最初の人間」についての幸せな記憶を思い出させるのと同じように、サウンドトラックもまたプレイヤーにメロディーについての幸せな記憶を思い出させている。フレーズを繰り返すことの喜ばしさに支えられた音楽は、憎しみやトラウマを生むような恐ろしいものにもなり得る記憶という戦場に、いつも変わらず一条の光を差し込ませることができるのだ。

エピローグ:記憶に乗せて受け渡されるもの

自由になりたいというモンスターたちの願いを叶えるため、アズリエルは自分の中にいる人間およびモンスター全員の力と「ケツイ」を結集してバリアを破り、それからタマシイを元の持ち主たちに返す。他人のタマシイの助けなしではじきに花の姿に戻ってしまうアズリエルは、自分はまた誰のことも愛せなくなってしまう、だから忘れてほしい、と主人公に言う。プレイヤーが「なぐさめる」の選択肢を選ぶと、主人公はアズリエルのことを抱きしめる。

アズリエルは去り、主人公は目を覚ます。そこでは主要モンスターたちが心配そうに主人公のことを見守っている。彼らは起こったことを何も憶えていないが、バリアが破壊され、自由になれることを喜んでいる。流れている曲は「Reunited(再会)」だ。

Reunited

【懐かしさモチーフ1 0:44~】

【懐かしさモチーフ2 1:43~】

【懐かしさモチーフ3 2:57~】

【共生モチーフ 3:56~】

融和と落着を感じさせる美しい前奏に続き、懐かしさモチーフが始まる。主人公はできることをすべて行い、辿り着くべき場所に辿り着いた。途中から入ってくる着実なビートは暗い過去の終わりを実感させ、明るい未来を予感させる。最後を締めるのはもちろん共生モチーフだ。だが残念なことに、この曲に思い出モチーフは含まれていない。アズリエルがこの友情の輪に入ることはない。

しかし主人公が遺跡の金色の花畑まで戻ってみると、そこにアズリエルがいる。自分のことは心配しないでほしいと言う彼に話しかけ続けると、アズリエルは「最初の人間」の姿を主人公に重ねてしまっていたのは、あまり立派な人間ではなかった「最初の人間」と違って主人公が欲しいと願っていた友達そのものだったからかもしれないこと、主人公と出会った今は地上で村人に反撃しなかった自分の判断は正しかったと思えるようになったことなどについて語り、「うまく いきるには『ころさず ころされず(Don’t kill, and don’t be killed)』だよ」という新しい世界観を表明する。そして先ほどの「忘れてほしい」という言葉とは対照的に、もしまた主人公が花の姿の自分と出会うことがあっても、今の姿のまま自分のことを憶えていてほしいと言う。

Respite

【喪失モチーフ 0:36~】

主人公は仲間たちのもとに戻り、一緒に地上に出る。彼らが山の上から夕日(朝日という説もある)を眺めながら今後の身の振り方について語り合うときに流れるのは「Respite」だ(「respite」は「大変な状況からの一時的な休息」の意味)。この真のエンディングにおいても、やはり喪失モチーフは現れてしまう。どれだけ力を尽くしても、叶わないこと、救えないものはある。ゲーム開始以前にすでに死んでいたアズリエルや「最初の人間」、6人の人間の子どもたちが帰ってくることはない。地上ではセーブもロードもリセットも使うことはできず、人は前を向いて進んでいくしかない。昇った太陽が必ず沈むように、沈んだ太陽が必ず昇るように、楽しいことも悲しいことも、すべては過ぎ去っていく。それが時間というものであり、生きるということなのだ。しかし––––とこの曲は語っているかのようだ––––だからこそ記憶は限りない価値を持っている。だからこそ、誰もが苦しみの記憶から救われなくてはならない


『UNDERTALE』において、記憶をめぐる物語と記憶の上に成立している音楽は互いに互いを語り合い、他に類を見ないゲーム/音楽体験を実現している。だが『UNDERTALE』が思い出させるのはゲーム内で起こったことだけにとどまらない。レトロなグラフィックや8ビット期・16ビット期のサウンドが再現されたサウンドトラックは、プレイヤーが遠い過去にゲームをプレイしていたときの感情をも呼び起こす。さらにはエンドロールの終わりで「THE END」の文字が現れるとともに「Memory」が流れ出すとき、私たちは『UNDERTALE』そのものが今後、時間の経過とともに遠い過去の記憶になっていくであろうことに思い至る。トビー・フォックスが過去のRPGから受け取ったバトンは、すでに未来の誰かに向けて差し出されている。『UNDERTALE』発売から1年が経った頃のブログ記事で、彼はこう書いている。

いつか『UNDERTALE』は人々の記憶から薄れていくだろう。でもきっと10年もすれば、『UNDERTALE』をプレイしたどこかの子どもがそれを超えるゲームを作るはずだ。僕はそれをプレイすることを楽しみにしている。