「こんな曲、一生に一度でも作れたらもうそれだけで音楽家になった意味があるだろうな」と妙な角度からの感想を持つ曲が私にはたまにあって、もちろんそれはめちゃくちゃ好きな曲なのだが、めちゃくちゃ好きな曲ならなんでもそういうふうに思うかというとそういうわけでもなく、自分でも何がきっかけになっているのかわからない。
初めてそんなふうに思ったのは、アニマル・コレクティヴの2005年のアルバム『Feels』に収められている「Loch Raven」という曲だった。タイトルはバンドのメンバーたちの出身地であるボルティモア一帯に生活用水を供給しているロック・レイヴン貯水池と、その周囲の広大な森を擁する自然公園のこと。歌詞は童話の『赤ずきん』を下敷きにしていて、赤ずきんに熱を上げ、執拗につけ狙う狼の視点から歌われている。高音のほうのヴォーカルを担当しているパンダ・ベアは「僕は君のことを諦めない(I will not give up on you)」と繰り返し歌っていて、エイヴィ・テアは「かわいい赤ずきんさん一緒に歩こうよ」、「僕の巣穴に一緒に行こうよ」と優しく誘いかけたり、「さあさあ今から追いかけちゃうぞ」とおどかしたりしている。
と一丁前に書いてはみたものの、タイトルの意味や歌詞のことを知ったのはこのレビューを書こうと決めた後のことで、これまでは何も考えずにただ音として聴いていた。アニマル・コレクティヴの音楽はだいたいにおいてそうだが、中でもこの曲は一般的な音楽とは作りがまるで違う。リズムもメロディーも一応あるけれども、どちらもばらばらに解ける直前のところまで手綱が緩められている。どのようなプロセスを経て作られたのかが見えにくく、彼らが人生を生きていく中で得た感触(feel)のようなものが魔法か何かの力でそのまま音楽に置き換えられたかのように聴こえる。私が好きなのは、今にもその魔法が解け、音楽が音楽であることをやめ、元の感触の姿に戻りそうになっているように感じられるところだ。
歌詞のことに話を戻せば、童話の場合とは違って、赤ずきんはどうやら曲の最後まで捕まらない。なぜなのだろう、まるで狼は本当に襲いかかってしまうことを恐れているかのようだ。彼は赤ずきんの中に何かを見出しているが、それを手に入れることもできず、永遠の追跡の中に閉じ込められている。あるいは、手に入れないことによって、赤ずきんの中に見出したものを永遠に保存している。彼はその何かが本当は自分の頭の中にしか存在しないこと、彼女を丸呑みにしたところでそれが決して自分の一部にはならないことにどこかで気づいているのかもしれない。かといって赤ずきんのことを愛するという選択肢もよぎらないほど愛とは無縁に生きてきた狼は、常に自分の少しだけ前を歩く理想の幻影を作り出し、心の空虚をいたずらに埋め続けるほかない。そんな悲しい心を断罪し、切り捨て、「諦めて」しまうことなく、ただ悲しみのままに提示する「Loch Raven」に、私はいつも深く救われる。