2021年のベスト・アルバム2枚+ベスト・ソング3曲

今年はベスト・アルバムに加え、ベスト・ソングも選んでみることにした。ベスト・ソングのほうはすぐに決まった。他の曲と比べて飛び抜けてよく聴いていた曲が3曲あったからだ。これらをそのままこのサイトが選ぶ今年のベスト・ソングとしたいと思う。昨年同様、作品に順位はつけていない。

Big Red Machine「Renegade (feat. Taylor Swift)」

心に何らかの傷を抱えた男性に惹かれて自分の方から半ば強引に恋人同士になったものの、想像以上に深いその傷のために心を開くことができずにいる男性から結局振られかけている女性の歌。「誰かに助けを求めるのは別に悪いことじゃない、だからちゃんと問題と向き合って、私にあなたを愛させて。私にすべてを与えてくれないのは本当に抱えている不安のため? ただそうするのが嫌だからじゃなくて?」と彼に迫る彼女は、困難な関係を積極的に建て直していこうとする逞しさと、腹の(たぶん目も)据わった優しさを持っている。ビッグ・レッド・マシーンはザ・ナショナルのアーロン・デスナーとボニーヴェアのジャスティン・ヴァーノンによるバンド。途切れることなく流れていくヴォーカルのメロディーはまさに立て板に水の心地良さだ。

Anz「You Could Be(ft. George Riley)」

エレクトロからジャングルまで、デトロイトテクノからUKガラージまで、多様なジャンルをポリマス(博学者)さながらに横断するDJ/プロデューサーのアンズが現在売り出し中のシンガー、ジョージ・ライリーを迎えてポップに振り切った意表を突く1曲。再生するたびに生活の中にぱっと花が咲くようで、テンションの高いヴァースとクレバーなコーラスの対比も美しく、頭から尻尾までとにかく楽しい。内容はまっすぐなラブソングだが、「私はすぐにありもしないことを考えて突っ走っちゃうタチだから訊きたいんだけど、あなたが私の曲を口ずさんでる気がしたのは私の妄想?」という冒頭の歌詞から察するに、おそらくこの曲は恋愛関係と音楽を作る側・聴く側の関係を重ねたダブルミーニングになっている。「逃げようったって首にはリード、足には鉄球のついた鎖をつけて何度だって引き戻してやるんだから」と、よく考えたらこれも男性に対してガンガン行く女性の歌であるが、実際に私は何度も引き戻されてしまった。

Jazmine Sullivan「Lost One」

自らの取り返しのつかない過ちで大切な恋人を失ってしまったときの心が砕けるような気持ちを心が砕けるような歌で表現した曲。自分が「自己中心的なビッチ」であること、恋人にとって「災厄以外の何物でもない」ことをこの曲の女性は知っている。個人的な問題を解決しようと以前から努力していることもわかってはほしいが、そのことが恋人に与えてしまった傷を少しも癒しはしないこと、どんな償いも遅すぎることを知っている。「でも話を切り上げてしまう前に1つだけ憶えておいてほしいことがあるの」と彼女は言う。「私抜きであまり楽しい時間を過ごしすぎないで。どうか私のことを忘れないで。誰も愛さないようにして」。自分のエゴで関係を壊したにもかかわらず、重ねてエゴを言ってしまう彼女の姿は、自分の「ままならなさ」に打ちのめされ憔悴した失恋後のぎりぎりの精神状態を胸をえぐるほどのリアリティで突きつける。恋人の親友と浮気したために関係を破綻させてしまった実体験についてレズビアンの女性が語る「Rashida’s Tale」と2曲1組の扱いでEP『Heaux Tales』に収められている。


アルバムのほうはと言えば、時代のせいなのか年齢のせいなのかどうもアテンション・スパンが短くなっているようで、1枚の(という言い方ももう古いのかもしれないが)作品を通して聴くということが減ってしまった。ただこれには別の理由もあるような気がする。例えば上に挙げた3つの曲が収められている作品について言うなら、「Renegade」の場合は多数のヴォーカリストを起用したいわゆるコラボレーション・アルバムであり、「You Could Be」の場合はこれ以外の収録曲がすべてインストゥルメンタルのEPであり、「Lost One」の場合は曲の合い間に6人の女性たちの語りが差し挟まれたコンセプト性の高いEPである。いずれもリスナーによって好みの曲だけが抽出されやすく、作品全体を1つのまとまった流れとして聴いてもらうことを取り立てて想定していないようにも見える作りになっている。曲単位で聴かれることの多いサブスクリプション・サービスの特性がアーティストたちの作品づくりにどの程度影響を与えているのかはわからないが、私の場合、こうした傾向を持つアルバムを総合的に評価するのは難しかった。

というわけでアルバム丸ごと愛着を持っているものだけに絞っていったら、残ったのはたったの2枚になってしまった。正直なところ、今年はピンとくるアルバムがあまり多くなかった。感染予防のために制作陣がスタジオに集まれなかったり、ライブ等の収益を考慮してリリースを先延ばししたり、精神面を含めアーティスト個人がもろもろの影響を受けたりということは実際あっただろう。ただの偶然かもしれないが、以下に今年のベスト・アルバムとして選んだ2作品も、調べてみるといずれも昨年来のパンデミック以前にひととおりの完成を見ていたものだった。しかしこうした事情で良いアルバムが例年に比べて減ってしまった可能性について真剣に検討するほど私は自分の感覚の客観的な妥当性を信じてもいないので、単に私にとってそういう年だったということなのだと思う。個人的にあまり音楽の美しさを感じにくい年だったのだ。そう考えると思い当たる節がなくもない。

改めて聴き直すと、これらのアルバムはそんな自分の気分をとてもよく表しているような気がする。もし私がプロの批評家だったら自分の気分と音楽そのものが時代や社会に対して持つ意義をある程度分けて考えなくてはならなかったのかもしれないが、ただの気楽な音楽ファンとしてそのような必要は特に感じなかった。

For Those I Love『For Those I Love』

数秒聴いただけで特別な作品だということがわかる、「雰囲気」を持っている音楽。そしてその直感を最後まで裏切らない音楽。大多数の音楽のように既存の形式(広く「ジャンル」と呼ばれている共有されたフォーマット)を利用して自己表現するのではなく、溶岩が地形を作るように、作り手が感じていることの熱量が新しく形式を発明しているように聴こえる。アルバム最初の曲「I Have a Love」を初めて再生したときは一瞬ドイツのアーティストなのかと思ったが、調べてみたらアイルランドの方だった。昨年からグイグイ(自分の中で)来ているイングランド北部ウェストヨークシャーのバッド・ボーイ・チラー・クルーについても言えることだが、ごつごつとした石でぶん殴られるようなこの独特な(とアメリカ英語に慣れている人間には感じられる)発音がアルバムの中心を貫いている強靭な精神性と無関係ではないように感じられる。語りに関してはザ・ストリーツ、トラックに関してはベリアルからの影響が指摘されている。しかし総体としてはどちらともまるで違う、めったにお目にかかれないオリジナリティの塊のような作品になっている。

今なお高い失業率やホームレス率などの問題を抱えるダブリンの特に暴力事件の多い一角で生まれ育ったフォー・ゾーズ・アイ・ラヴこと現在30歳のデイヴィッド・バルフは、2017年からこのアルバムの制作に取り掛かっていた。しかし翌年2月、高校時代からの親友であり、同じバンドのメンバーでもあったポール・カランが自ら命を絶ってしまう。深い悲しみの中、友人の追悼と友情の記録のために収録曲の大部分を作り直したアルバムは2019年5月に完成する。当時は故人と懇意にしていた仲間たちのために25枚のコピーを作り、自分のBandcampページに載せただけだったが、それが現在のレーベル担当者の目に留まり、今年3月に正式にリリース。アイルランドのチャートでジャスティン・ビーバーのアルバムに次ぐ2位を獲得するほどの話題作となる。このアルバムを聴いて初めて親しい人の死と向き合うことができた、自殺を踏みとどまることができたといった内容の感謝のメールが彼のもとには日々寄せられているという。

Porter Robinson『Nurture』

2010年代初めにアメリカにおけるEDMの隆盛とともにシーンに現れながら、そこから大きく飛躍したデビュー・アルバム『Worlds』(2014)によって世界中で多くのファンを獲得したポーター・ロビンソン。年若くして得た名声は、しかし後遺症なしには済まなかった。次作もまた同じくらい高いレベルの作品にしなければというプレッシャーに苛まれた彼は深刻な鬱状態に陥り、やがてまったく音楽が作れなくなってしまう。涙とパニックに明け暮れた出口の見えない長いトンネルの中、自分はもう二度と音楽を作ることはできないのだと覚悟を決め、生活の他の側面に幸せを求め始めるに至ってようやく彼は小さな光明を見出す。

日々のほとんどを音楽制作に費やしていた彼に歌えたのは「音楽を作ること」にまつわる歌詞だけだった。自分のことをひどく不幸に感じていた彼が聴けたのは「とても甘いサウンド」だけだった。結果として出来上がった7年ぶりの2ndアルバム『Nurture』は、EDMの流れを汲みながら恐ろしく脆く柔らかなものを含んだ、まったく新しい音楽になっていた。そしてその最大の影響源となったのは、ある有名な日本映画とそのサウンドトラックだった。

『Nurture』については同時にディスク・レビューも掲載したので、興味がある方はぜひ読んでみてください。今年もありがとうございました。