2006年にデビューして以来、ニューヨークのアンビエント音楽シーンで確固とした地位を築いてきたジュリアナ・バーウィックの4年ぶりのニュー・アルバム『Healing is a Miracle』(2020)から。
子どもの頃には父親が聖職に就いていたルイジアナの小さな町の教会でよく一人きりになって歌い、その荘厳な音の響き方に涙ぐんでいたという彼女は、これまで愛用のループ・ステーションを駆使して自らの声を幾重にも重ね、さながら「一人聖歌隊」としてほぼ独力で音楽を作ってきた。しかし結婚と離婚、傷心のまま行った2年に及ぶツアー、さらにはいくつかの不幸な恋愛関係をくぐり抜けた30代半ばの苦しい時期を経て、2016年、彼女は心機一転15年住んだニューヨークからロサンジェルスへ移り住む。その回復の過程で友人でもあるシガー・ロスのヨンシーやハープ奏者のメアリ・ラティモアらと共作しながら結実した『Healing is a Miracle』は、これまでのような孤絶感がやや薄れ、ポップとまでは言えなくとも訴求力を持った仕上がりになっている。
同じような瞑想的な作風でやや暗いムードを持つグルーパーことリズ・ハリスのことを「黒魔女(black witch)」、バーウィックのことを「白魔女(white witch)」と喩えた批評家もいるようだが、過去のつらい記憶に苛まれる「Oh, Memory」、人間の自己治癒力の神秘について歌った「Healing is a Miracle」といった曲には、漆黒の闇の中を歩いているような隠微さがある。そこでは松井冬子の日本画のように、ひそかに死臭を含んだ無数の花々が視覚ではなく嗅覚を通じて進むべき方向を示してくる。暗さと芳香の組み合わせは癖になりそうに心地良い。何か予感のようなものも感じる。だが、我々は本当に「光のもと(In Light)」へ出ることができるのだろうか? それはまるで子宮の中にいるような感覚だ。